60歳以前に、フランスには出張などで45回行ったことがあるが、ほとんどパリ周辺であった(その他には、MulhouseBelfort)。お蔭でパリの中でモンマルトル以外は全部くまなく歩きまわった。個人旅行でもパリには2回行き、ルーブル美術館をはじめ、全部で2週間くらい観光を行った。しかし、フランスはパリだけではない。フランスには各地にローマ時代以降の遺跡が残っている。今回は、パリを除き、フランスを1周することにした。時期的には6月から7月であり、フランスの革命記念日(714日)をBeauneで迎えた。今回の自由旅行のテーマは

1.2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦跡

2.英仏戦争(ノルマンディーをイギリス(ヴァイキングが国王)が領地としていた12-15世紀)

3.ワインの産地(ボルドーとブルゴーニュ)

4.中世の街並みとMichael Crichtonの小説Time Lineの舞台(映画にもなった)

5.中世のキリスト教異端宗派カタリ派の遺跡

6.モンテ・カルロ

7.ローマ時代の遺跡

8.ジャンヌ・ダルク

であり、その線に沿って旅行計画を立てた。フランスを反時計回りに1周する旅である。

Expediaで飛行機を予約し、最も安価な中国国際航空を使用した。昔、1度中国国際航空であまり良い印象を得てはいなかったが、だいぶ時間が経っていることと、UA(United Airlines)のスター・アライアンスに入り、少しはサービスが良くなったかなという期待から中国国際航空のエコノミー・クラスを予約した。宿舎やレンタカーは概要で示した通りである。Garminは事前に購入し、行先やホテルは概要で示したように入力しておいた。

 

624日(日)        自宅成田ホテル

16:20   自宅を車で出発。夕食を取るために成田市に向かっていると、

18:50   中国国際航空から携帯に電話があり、明日の成田発9:00北京行きの航空機がキャンセルとなり(北京で悪天候のために、北京から成田に飛行機が来れないとのこと)、羽田まで来てほしいとの電話が有った。成田に泊まるつもりで成田東武ホテルを予約しており、中国国際航空でホテルのキャンセル料、羽田のホテル代金、成田東武ホテルに泊まると駐車場が10日間無料になるので、その分の駐車料を支払ってくれるならば、仕方が無いと言ったら、少し待ってくれという。その間に夕食に寿司チェーン店に行くとものすごい人が待っている。今日は日曜日なので、家族づれが多い。

19:20   中国国際航空から電話があり、明日の朝早くに車で迎えに行くので、成田のホテルに泊まるのではどうかと提案があり、それでOKと答えた。成田東武ホテルに電話し、到着が21時頃になることと、朝早く出発しなければならなくなったため朝食は不要なので、その分安くしてほしいと連絡したが、Internet予約なので、変更できないとのこと。夕食を取り、ホテルに向かう。

20:40   ホテルに到着し、車を指定された駐車場に入れ、10階の部屋に案内される。朝早いので、直ぐチェックアウトできるように料金を全て前金で支払う。ホテル料金は朝食付で(食べないが)、7,200/2人。

21:30   中国国際航空に電話し、朝何時に迎えに来るかを聞くと朝6時頃とのこと。

23:00   就寝。

 

     625日(月)           成田ホテル羽田国際空港北京→CDGCharles De Gaul)空港

                      ホテル

05:00     目覚まし時計とホテルのWakeup Callで目が覚める。

05:45   携帯電話が鳴り、中国国際航空からの連絡で、迎えのバスがホテルに来ているとのこと。

06:00   バスに乗り、次の乗客を迎えるために別のホテルに行き、9人ほど(HISのツアー客らしい)乗せる。

06:20   成田発。高速道路を通り、渋滞もあまり無く、

07:25   羽田国際空港着。 

08:30   中国国際航空CA184にて、北京へ向かう。この便はA321-200150人くらいの乗客。満員に近い。

11:10    北京に到着。北京は曇り。曇りというよりも、煤煙でいつもこのような曇りである(PM2.5の話はあとで聞いた)。
14, 5
年位前に初めて仕事で北京に来た時には、車も非常に少なく、今のようなスモッグは無く、天気が良かったことを思い出した。この頃は、海外出張で北京、上海、長沙、吉林、大連、昆明などに行った。
北京で会社が契約しているハイヤーの運転手と仲良くなり、いろいろ話を聞いた。車を買うには車の販売会社に申し込んでも政府の許可が要るとのこと。正式(賄賂を渡さなければ)には23年位かかるので通常は役人に賄賂(金額は教えてくれなかった)を渡すと、23か月で入手できる。しかし、車の値段は日本の2倍以上する。当時の日本と中国の物価差(20倍)を考えると、車の値段は40倍する。そのような金を払っても、洗車はほとんど行わない。きれいにする習慣が無いのか、洗車をする場所が無いのか分からないが。また、車を購入するのにあちこちから借金するので(これが通常)、利子をつけて返金しなければならない。日本円で考えるとタクシー料金は非常に安いが、中国人にしてみると結構高い。
この車は、昼は男が運転し、夜は妻が運転して、124時間車を回している。しかし、これでも平均的な北京在住(都会の戸籍を持っている人)の人よりも裕福な方だという。また、タクシーの客は運転席の隣(助手席)に乗るのが普通だが、その理由は、中国人は車に乗ることが少ないので、良く景色が見える前席に乗りたがるとか。
中国は何でも賄賂(中国人は社会の油と呼んでいるようだが)が必須である。しかし、日本人は賄賂を渡すことは会社自体が禁じており、これに違反すると首になる。この矛盾は中国ビジネスをやりにくくしているが、ビジネスを円滑にすることは中国人同士に任せて、日本人はその場から出ていくことで、賄賂を贈ったことは知らないと言い訳することにしているようだ。また、田舎の戸籍と都会の戸籍があることも知った。田舎の戸籍の人は都会で仕事ができるのは数年位で、その後は田舎に戻らなければならないとか。大連で日本語通訳をしている女性が田舎の戸籍だったので、通訳の仕事ができるのは1年位しかないとこぼしていたのを聞いたことがある。田舎の戸籍の人が都会に来ても、保険や保証は全く無く、企業で働けるのもアルバイト的なものしかない。都会で働けるのは期限があるので、できるだけ都会で働いて金を田舎に持ち帰ることが目的だとか。田舎の戸籍の人が多いので、中国の安い労働力の源泉はここかと気づいた。都会の戸籍を持ち、政府の役人(ほとんどが共産党員であり、頭が良く、何か頼むと賄賂を贈らなければならない)は非常に金持ちだが、それは当たり前である。ついでに話すと、中国人にとっては、正規の仕事は表向きで、実際には裏の仕事の収入の方が多い。つまり、アルバイトの方が本業である。これを理解しないと中国人の価値観を誤解する。例えば、国立の大学教授でさえも給料は6割しか出ないので、残りは大学教授という肩書を利用して、アルバイトをしている。これは、平成8年頃に中国中央政府の役人(中国中央政府の役職を持っている日本人:日本の企業を中国に誘致した最初の人であり、中国の国立大学と日本の大学との姉妹校つくりを担当(これが本業)。一方、中国にソフト産業を興すために自分の意の通りになる中国の国立大学のソフトウェア学科から、自分の中国のソフト会社へ学生を確保し、日本からソフト開発の下請けをするとともに、日本の大学の姉妹校に留学させる(これがアルバイト))をしている方から聞いた話だが、歴代の共産党政権には、保守派と進歩派(?)の2つのグループが政権のトップから、末端の村政府の職員まで組織化されており、2つのグループのトップが交代で主席になっている。この争いが激しくなると、相手への粛清が激しくなる。これが正しいとすると、今(平成28年)、??が行っているワイロ撲滅運動は、名前を変えた内部抗争であり、「社会の油」を一番多くもらっているのは??自身であろう。また、中国では言っていることと、実際に行っている差が大きく、知れば知るほど驚く世界である。このことは中国人ならだれでも知っているが、我々日本人はどこまで知っているのか?これら以外にも、驚くべき話を聞いたり、経験したが、このようなWebで話をするべきではないので、この辺でやめておこう。つまらない話を思い出した。
乗り換え手続きをして、パリ行きの搭乗口で13:10まで待つ。

13:30   中国国際航空CA933にてパリへ向かう。機体はB777。しかし、やはり中国国際航空は愛想が良くない。初めて中国国際航空のファーストクラスの飛行機に乗った145年前と何も変わっていない。食事も普通の航空会社よりも下であるし、キャビン・アテンダントの態度も良くない。笑顔無し、客にあれやれと命令するような感じ。CDG(チャールズ・ド・ゴール空港)に着く頃には他の航空会社であれば、着陸ぎりぎりまで客の準備ができているかをチェックするのに、自分はさっさと座ってしまう。また、非常口の足が伸ばせる席には客には座らせない、また、飛行機がどこを飛んでいるかを示すフライト・ナビゲーションも見ることができないなど。今まで乗った航空会社のうちで、最悪のアエロ・フロートと良い勝負だ。(アエロ・フロートは最新鋭の飛行機でも設備が悪い - 故障しても直そうとしない。例えば、映画を見ることができればラッキー)。これでは、国際的に中国の悪い態度を宣伝しているようなものだ。

18:00   少し早めにCDGに到着。荷物を取り、タクシーにて空港近くのホテルOnly Suite CDG Airportに着く。タクシー代10€

19:00   部屋に入ると滞在型のホテルであるが、調理器は受付から借用せねばならない。面倒なので持ってきた湯沸かし器を使い、カップ麺で夕食とする。風呂に入り、

22:00   就寝。

          

           フランス国旗


    フランス宿泊地

          

           チャールズ・ド・ゴール空港近くのOnly Suites Paris CDGホテル

 

626日(火)        CDG→Provins→Fontainbleau→Chatou

             

6:00     起床。曇り、一時雨。

              朝食をインスタント・ラーメンで取り、

8:10     ホテルをチェックアウトし、空港へのバスを待つ。予定したバスは、このホテルから乗る乗客で満員。仕方なく、次のバスを待つ。

8:30     次のバスに何とか乗れる。途中のホテルでもたくさんの乗客が乗り、時間がかかる。

8:50     CDGのターミナル2に着く。レンタカー・オフィスの場所を聞こうと思っても空港係員が居ない。20分くらい探して、i(インフォメーション)の場所を教えてもらい、iでレンタカー・オフィスHertzの場所を聞き、そこへ行く。CDGではレンタカー・オフィスが建物の外にあり、全てのレンタカー会社が1箇所に固まっていた。そこで、ドイツのフォルクスワーゲンのパサート2000ccディーゼルを借りる。

10:00   やっと、レンタカー・オフィスを出て、Provins(プロヴァン)へ向かう。ナビは以前に購入したGarminであるが、事前に行く場所を入力しておいたおかげで、簡単に行き先をセットできた。最初はProvinsであるが、途中で雨が降ったり、止んだりの天気。

11:40    Provinsに着き、街の中に車で入り、広場の駐車場に車を停める。

レンタカー フォルクスワーゲンのパサート2000ccディーゼル

小学生の団体がたくさんあちこちに居り、観光客よりも多かった。
ここは、11世紀から13世紀にかけて、シャンパーニュ地方で最も繁栄した町の一つだったそうである。9本もの街道が交わり、年2回開かれた「市」が有名だったとのこと。しかし、その後ペストの流行で急激に衰退し、中世の街並みがそのまま残ったとのこと。

              歩いて、未完成の教会(12世紀から15世紀)を外側から見て、Tour Cesar(セザール塔)を見る。

Provinsセザール塔

              広場に帰る途中に、iがあり、日本語パンフレットをもらう。そこには、中世のショーが14:30からあると書いてあるので、それを見ることにする。

12:30   広場のレストランで、昼食(18€、チップを入れて20€)を取り、その後、車で総合iへ行く。

Provinsの広場  - 背景のレストランで昼食を取る

14:00   中世のショーが開かれる場所(城壁の近く)に行くと、小学生の団体がたくさん居り、会場は満員。

14:35   ショーが始まる。一応、中世の物語風のショーであり、当時の格好をしている。10人くらいの出場者だが、アクロバットなども訓練されている。結構面白かった。

中世のショーの開始前


中世のショー

15:40   ProvinsからFontainebleau(フォンテーヌブロー)へ向かう。途中、雨が降ったり、止んだりの天気。

16:40   Fontainebleauに着く。到着時刻が遅かったためにChateau de Fontainebleau(フォンテーヌブロー城)には入場できなかったが、庭を散歩できた。しかし、ベルサイユ宮殿ほど広くはない。

Fontainebleauの庭


Fontainebleauの門

17:30   Fontainebleauを出て、ホテルへ向かう。
最初はパリからの通勤者の方向とは反対側だったので、すいすい進んだが、途中から通勤者と一緒の方向となり、車は予定よりも40分以上も遅れた。

19:00   やっと、ホテルを見つけ、車を駐車場に停め、チェックイン。このホテルは、スーパー・マーケットやレストランからも離れているために、夕食は自炊するしかない。

20:00   夕食は、私はインスタント焼きそば、ワイン。妻は軽食。昼食をしっかり取ったので、夕食はこの程度で大丈夫だった。

22:30   就寝。

             

              宿泊したホテルCerise Chatou

 

627日(水)        Chatou→St-German-en-Laye→Giverny→Les Andleys→Rouen→Caen

 

06:10   起床。曇り。

07:00   朝食。

08:15   ホテルを出発。ところが、ナビがおかしい。移動しても同じ場所を示す。何度も車を停め、ナビを操作するが、直らない。そこで電源を落とし、再起動してみると現在地を示すようになった。一安心だが、原因不明。時々、Garminにはおかしなことが起こる。
ルートはパリへの通勤渋滞。それを抜け出すのに、30分もかかった。

09:20   St-German-en-Laye(サン・ジェルマン・アン・レー)に着く。

St-German-en-Laye
城の正面

Chateaux
(城)は10時から開くが、Chateauxの前の駐車場に車を停め、妻を車に乗せたまま(駐停車禁止のため)私が庭を歩く。ベルサイユ宮殿を模した宮殿なので、庭も広い。

St-German-en-Laye
城 - 横から見た城

09:40   車に戻り、Giverny(ジヴェルニー)に向かう。Garminは抜け道みたいな道を案内する。太い道を通らずに2車線以下の道路を通る。この道で大丈夫かなと思いながらもGarminに従う。

10:45   Givernyのモネ(Claude Monet)の晩年の家に行く。モネの家には、浮世絵がたくさんあり、驚いた。フランスでは浮世絵に影響された画家がたくさん居るとは聞いていたが、モネもその一人だったことは知らなかった。結構日本人の観光客も多かった。モネの庭園では花がたくさん咲いていたが、時期によって花を植え替えているようだ。モネの絵としてとても有名な池の周りを散歩するが、丁度菖蒲が咲いていた。観光客が多いのは、そのためかと思う。次第に天気が回復してきた。

モネの家


モネの庭


モネの菖蒲の池

12:30   モネの家を出ると、モネの家に入場者が50mもの列を成していた。早く着いて良かったと思う。その後、近くのMusee des ImPressionnisme Giverny(ジヴェルニー印象派美術館)を見るが、つまらなかった。

13:00   Givernyを出て、Les Andleysへ向かう。

13:30   Les Andleys(レザンドリー)の古城Chateaux Gaillard(ガイヤール城)に着く。

Chateaux Gaillard(ガイヤール城)

ここは、ノルマンディーであり、12-13世紀にイギリスが入ってきた土地である。この城はイギリス軍がフランス軍を向かえ打つために作った城とのこと。1204年にフランス軍に攻め落とされ、その後14世紀には使わなくなり、盗賊が根城にしたために廃城にしたとのこと。

Chateaux Gaillard(ガイヤール城)から見た景色

14;00   Chateaux Gaillardを出て、Rouen(ルーアン)へ向かう。

15:00   途中でマクドナルドに寄って、昼食(12€)。

16:00   Rouenに入る。Palace du Vieux-Marche(旧市場広場)の地下駐車場に車を停めて広場に出る。

旧市場広場 - ここの1角にEglise Ste-Jeanne d'Arcがある


有名な大時計 - 街中にある

日本語ができない東洋人の女性(中国系か?)に、Cathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)の場所を聞く。ところがやはり、教えられたところは全く違っていた。何処の国でも、女性に道を尋ねるのは無理だ。日本人でも(妻がそうだ)、中国系でも、フランス系でも、スペイン系でも、イタリア系でも全く地図を読めないのに、それでも自信ありげにここだと教えるのはどういう発想なのだろうと考えてしまう。多分、困った人を助けたいと思って、自信が無いのに自信ありげに教えてくれるのだろう。道行くフランス人(男)に聞くと英語もわかり、場所を教えてくれた(これは正しかった)。
この街はローマ時代から歴史があり、後でノルマンディー公国の首府として栄えたところであり、英仏戦争の舞台となったところ。また、15世紀にはJeanne d'Arcジャンヌ・ダルク)が火あぶりになった町でもある。
Cathedrale Notre-Dame
には観光客がたくさん居り、町一番の人通りが多いところ。創建は11世紀だが、何世紀にも渡って改修が繰り返されてきた。15世紀のステンド・グラスや19世紀に完成した尖塔が見どころとか。

Cathedrale Notre-Dame
の正面

Cathedrale Notre-Dame
の内部は、意外と簡素であり、イタリアやスペインの寺院のように天井や壁に絵などが無く、石がそのまま見えている。

Cathedrale Notre-Dame
の祭壇

Palace du Vieux-Marche
Jeanne d'Arc(ジャンヌ・ダルク)が火あぶりになった場所でもあり、ジャンヌ・ダルクを記念する聖堂(Eglise Ste-Jeanne d'Arc)がある。

旧市場広場のEglise Ste-Jeanne d'Arc

17:30   Rouenを出て、Caen(カン)に向かう。

19:20   Caenのホテルに着き、スーパー・マーケットの場所を聞き、そこで、ビール、野菜、肉等を買う。

20:00   夕食。

22:30   就寝。

             

            宿泊したホテルInter-Hotel de France

 

628日(木)        Caen→Mont St-Michel

              

 

06:10   起床。晴れ。

07:10   朝食。ハムもソーセージも無いコンチネンタル・ブレックファスト。それでも、コーヒー、パン、ジャムとゆで卵でおなかが一杯になるまで食べる。

07:30   ホテルを出て、歩いてChateaux Ducal(城)へ行く。

Caen
の城


城から見たCaenの街

まだ、早いので博物館などは開いていない。城から駐車場へ戻ると警官が違法駐車の違反をチェックしていた。違法駐車はしていないが、あわてて車を出し、Abbaye aux Hommes(男子修道院)へ向かう。

09:15   Abbaye aux Hommesの近くの路上駐車場で1€の駐車料金を入れ、1時間半駐車する。Abbaye aux Hommesまで歩き、中を見学する。

Abbaye aux Hommes
の外観

説明者がついて案内するコースは1時間半かかり駐車場の時間をオーバーするので、個人で見学することにする。Abbaye aux Hommesの教会もほとんど飾り気が無く、イタリアやスペイン、ポルトガルの教会と比較すると質素な感じがする。

Abbaye aux Hommes
の内部

これらの教会は第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で奇跡的に残ったそうである。戦災では町の80%が破壊されたとのこと。

10:15   修道院を出て、路上駐車場に戻り、Arromanches-les-Bains(アロマンシュ・レ・バン)へ向かう。

11:00    Arromanches-les-Bainsへ着く。

Arromanches-les-Bains
の海岸沿いの街並み

海岸線にあり、第2次世界大戦の史上最大の作戦が行われ、イギリス軍が上陸したところにMusee du Debarquement(上陸博物館)がある。

Musee du Debarquement
(上陸博物館)の入口(海岸沿いにある)

私が一人で見てくる。16€。映画ではあまり紹介されなかったが、上陸作戦後の兵站の仕組みがわかりやすく展示されていた。映画の「史上最大の作戦」や、「プライベート・ライアン」(ライアン2等兵)で上陸作戦の戦闘場面が描かれているが、その上陸作戦を成功させた兵站のものすごさには圧倒された。これだけの計画を立て、実施できたのは連合軍だけが可能だったと思う。

Musee du Debarquement
の展示物 - 上陸作戦で使われた設備の模型


史上最大の作戦が行われた海岸 - 今も残骸が残っている

12:20   ここを出て、次のBayeax(バイユー)に向かう。

12:20   Bayeaxに着く。ここにあるMusee Memorial de la Bataille de Normandie(ノルマンディー戦争記念館)に入る。ここはMusee du Debarquementよりも観光客は少ないが、見るべきところがたくさんある。妻は入らずに車で待つことにする。展示も多いし、映画もあり、あっという間に時間が経ってしまった。

Musee Memorial de la Bataille de Normandie
の入口

14:15   博物館を出て、いよいよMont St-Michel(モン・サンミッシェル)に向かう。

15:40   Mont St-Michelに着くと、係員がフランス語で駐車場(島から1km位離れている)に入れろという。島内(Mont St-Michel)のホテルを予約してあるので、近くまで車で行きたいと言ったが、駐車場に入れろとの一点張り。駐車場に車を停め、iに行き、Mont St-Michelのホテルに行きたいと言うと、島までの無料バスが10分おきに出ているので、iの近くのバス停で待てと言われた。後で分かったが、以前は島まで駐車場付きの道路が作ってあったが(もともとは、Mont St-Michelは島だったが)、これによって潮の流れが変わり、島の遠浅の景観が失われてきたとのこと。そこで、島までの道路を廃止し、元の景観に戻すらしい。できれば、このような説明をしてくれれば良かったのが、係員には理由を説明していないようだ。

16:00   バスに乗り、Mont St-Michelの入り口に着く。

Mont St-Michel
の入口


Mont-St-Michel
の島内から入口 - この道は数年後には無くなり、孤立した島になる

歩いて、ホテルの受付へ行くと、少し離れた場所に部屋があるので、そこまで行けと言われ、迷いながら部屋に着く。

17:00   想像していたが、部屋は狭く、Mont St-Michelの島内に泊まるというだけの価値しかない。
部屋を出て、Abbaye(修道院)へ向かう。天気が良く、景色も良かったのが幸い。

Mont-St-Michel
の島内 - 修道院(Abbaye

18:00   Abbayeを見学後、街をブラブラする。来年のカレンダーを買いたかったが、小さいものしかなく、諦める。妻はマグ・カップを買う。

島内の教会の礼拝堂

18:30   レストラン(La Mere Poulard)に入り、夕食とする。めちゃ高い120€!!!。(私45、妻35、ワイン、シャンパン、水)。結構高く着いたが、ここはオムレツで有名なところらしいので、オムレツを食べる。変わったオムレツだったが、まあまあだった。しかし、島内ということもあり、オムレツが有名ということもあり、高いのは仕方が無いか?

有名な(?)オムレツの店 La Mere Poulard ー 看板のおばさんがオムレツを発明

19:50   ホテルを出て、街をぶらつくが、ほとんどの店は閉まっており、客も少ない。客といえば、日本人が多く、日本語のガイドブックや日本語のメニューもある。歩いている人の1/3は日本人。

20:20   部屋に戻り、シャワーを浴び、

22:30   就寝。

             

              宿泊したHotel Les Terrasses Poulard

 

629日(金)        Mont St-Michel→Chinon→Amboise→Chenonceaux→Blois

             

06:00   起床。晴れ。

07:15   朝食は取らずに散歩に出かける。散歩コースは昨日の夕方のコースからAbbayeを除いたもの。このように朝早くから散歩をしているのは日本人だけ。ホテルの受付に行くと、日本人の団体客が集まっていた。そういえば、レストランで大勢の客が7時頃から朝食を食べていたが、日本人の団体だったようだ。

Mont-St-Michel
内部の散歩

07:55   ホテルをチェックアウト(このホテルに日本人の団体が居た)し、無料バスで駐車場へ向かう。

08:15   駐車場に着き、車に乗り、Mont St-Michelを出発。一路、Chateaux de d'Usse(ユッセ城)へ向かう。

13:00   Chateaux de d'Usse(ユッセ城)に着く。この城は「眠れる森の美女」の舞台となったところらしく、「眠れる森の美女」の各場面が人形で再現されている。この城は個人の所有と後で知った。

Chateaux de d'Usse



眠れる森の美女の1場面

14:10   城を出発する。

14:35   Fortresse Royale de Chinon(シノン城)に到着し、ジャンヌ・ダルクの物語を知るために、城(かなり壊れている)へ向かう。ここは、ジャンヌ・ダルクがフランス王から、正式に軍の指揮を貰い受けたということで有名。だが、城の展示はフランス語をPCで読み、理解するという方式。また、

Fortresse Royale de Chinon
(シノン城)


Fortresse Royale de Chinon
(シノン城)から街を見る


11
世紀からのChinonの歴史を映像(これがストーリに成っていない。イメージだけの映像)で表現している。外国人には全くわからず、最悪の評価。

16:25  Chinonを出て、Amboise(アンボワーズ)へ向かう。

17:05   Amboiseへ到着する。かなり遅い時間なので、ほとんどの観光客は帰り始めており、駐車場がガラガラだった。Chateaux Royale d'Amboise(アンボワーズ城)の一部が残っており、フランスの歴史上では有名かもしれないが、外国人にとって、あまり有名なものが無い。しかし、3つ星。

Amboise
(アンボワーズ)


Amboise
(アンボワーズ)城から見た街

18:10   Amboiseを後にし、Chenonceau(シュノンソー)に向かう。

18:30   Chateaux de Chenonceau(シュノンソー城)に到着。Ticket Officeから城までが遠い。16世紀の創建ということだが、代々の城主が女性だったので、いろいろな物語があったとのこと。しかし、城は広い敷地内の川の中に立っているので、写真は美しい。

正面から見たChateaux de Chenonceau


斜めから見たChateaux de Chenonceau


横から見たChateaux de Chenonceau

19:30   見終わり、Blois(ブロア)のホテルへ向かう。途中で夕食をと思い、19:50頃に途中のスーパー・マーケットに寄るが、フランスの店は20時までで閉店と決まっているので、入場を断られた。マクドナルドを買おうと思ったが、金曜日のせいか、家族ずれで満員。仕方が無いので、そのままホテルに向かう。

21:00   ホテルに着き、私は途中で買ったワイン、日本から持ってきたチーズ鱈、ソーセージで夕食とする。

23:00   就寝

             
宿泊したBrit Hotel Prema

 

630日(土)        Blois→Chambord→Cheverny→Blois→Orleans

 

07:00   昨日、いろいろなところに行き、ホテルに着いたのが遅くなったせいか、よく眠った。外は晴れ。今日は、この近辺を回るので、時間に余裕がある。

07:40   朝食。また、パン、バター(ジャム含む)、ハムのコンチネンタル・ブレックファスト。

09:00   ホテル発。まずはロワール川沿いの古城を訪ねる。ドイツのライン川沿いのように古城はたくさんあるが、ほとんどは11世紀頃から19世紀末まで使われていたので改築したものが多く、比較的新しい感じがする。

09:40   Chateaux de Chambord(シャンボール城)を訪ねる。この城は持ち主が転々と変わり、1850年以降は誰も住んでいなかったが、篤志家が買い取り、城を整備し、1930年代に政府が買い上げたとのこと。しかし、内装は無く、建物の構造が面白い程度であり、城それ自体はあまり面白くは無い。庭園は非常に広く、5440ヘクタールもあり、パリ市の大きさに匹敵するとのこと。城内を見回り、庭園には行かなかった。

Chateaux de Chambord
(シャンボール城)


Chateaux de Chambord
(シャンボール城)

11:30    Chambord城を出て、Chateaux de Cheverny(シェヴェルニー城)へ向かう。

12:15   城の駐車場へ着く。

12:30   城の見学を始める。この城は、持ち主がいるために城の内装がきれいである。第2次世界大戦中にはモナ・リザなどルーブル美術館の所蔵品が戦火を避けるためにこの城に保管されていたとのこと。この城の持ち主は歴代ほとんど同じ家系だったとのことであり、見るべきものがあった。フランスで有名な「タンタン」に出てくる城のモデルともなっているとのこと。オランジェと、犬(同じ種類の100匹が喧嘩をしていた)の宿舎を見て、カレンダーとコーラを買う。

Chateaux de Cheverny


Chateaux de Cheverny
の内部

15:10   Chateaux de Chevernyを出て、Blois(ブロワ)へ向かう。

15:45   Bloisの街の中にあるChateaux de Blois(ブロワ城)に着き、近くの駐車場に車を置き、城の見学。しかし、この城に来るまでに何度も道を間違える。その原因は、Garminの地図が古いために、Bloisの街の中が間違っている。いつものように、大きな通りに行き、そこからガイドしてもらった。Bloisの城もたいしたことは無く、Chambord城ほどではないが、内装が整備されていない。当然、街の真ん中にあるので、庭は無い。

Chateaux de Blois
(ブロア城)

Chateaux de Blois
(ブロア城)

16:45   Chateaux de Blois城を出て、Orleans(オルレアン)へ向かう。

17:45   Orleanに着き、Orleansのジャンヌ・ダルクの像を探したが、ここもGarminの情報が古く、一方通行や通行禁止の情報が誤っており、街中では役に立たなかった。

18:25   それにも関わらず、40分くらい探したが、なかなか見つからない。街中でCathedrale Ste-Croix(サン・クロア大聖堂)を見つけたが、閉まっていた。


Cathedrale Ste-Croix

目的地に行けずに諦めることにし、ホテルに向かう。途中でマクドナルドとスーパー・マーケットのサインが出てきたので、そこで夕食をしようと思い、サインに従って行くが、なかなか見つからない。諦めて、ホテルに向かうと途中でそれが見つかった。

19:00   そのスーパー・マーケットの食堂で食事をし、その後、スーパー・マーケットに入ると非常に大きい。今まで見たうちで一番大きなスーパー・マーケットだった。しかし、この後、更に大規模なスーパー・マーケットに出会う。フランスでは、スーパー・マーケットの規模が非常に大きい。ワインを2本買い、ホテルに向かう。

20:00   ホテルに到着。

22:30   就寝。    

             

              宿泊したホテルCampanile Orleans La Chapelle

 

71日(日)                     Orleans→Clermont-Ferrand→Condat-sur-Vézère

             

 

06:20   起床。晴れ。今日は、長距離を走る予定。

07:20   朝食。昨日と同じ。3つ星ホテルはこれが普通なのかと思う。しかし、パン4切れ、ハム、ジャム、バター、ミルク、コーヒー、ジュースをしっかり食べる。

08:00   ホテルを出発。昨日、見つからなかったジャンヌ・ダルクの像を目指す。

08:23   ジャンヌ・ダルクの像を見つけて、写真を取る。今日は日曜日なので、朝は非常に人通りが少ない。

Orleans
のジャンヌ・ダルクの像

Orleans
を後にし、一路、Clermont-Ferrand(クレルモン・フェラン)へ向かう。

12:00   Clermont-FerranndCathedrale Notre-Dame de I’Assomption(ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂)の側の路上駐車場に停める。天気は今にも雨が降りそうだが、今日の天気予想では雨が降らないとか。しかし、この寺院は12:00から15:00まで閉まるので、中に入れず。近くにiがあったので、地図をもらう。地図を見ると路上駐車場が身障者用なので、まずいと思い、一回りして、地下駐車場に停め、歩いて、Basillique Notre-Dame du Port(ノートルダム・デュ・ポール・バジリカ聖堂)へ向かう。しかし、途中で道がわからなくなり、歩いていた若い女性に場所を聞く。彼女は親切にも地図を見て、場所を示してくれたが、全くの誤り。

Clermont-Ferrand
(クレルモン・フェラン)の街並み

13:10   それでも何とか場所を見つけて、Basillique Notre-Dame du Portに入る。ここは簡素な教会だが、ステンド・グラスが有名。ステンド・グラスはかなり精巧であり、近世のものと思われる。

Basillique Notre-Dame du Port
(ノートルダム・デュ・ポール・バジリカ聖堂)の正面


Basillique Notre-Dame du Port
(ノートルダム・デュ・ポール・バジリカ聖堂)の祭壇


Basillique Notre-Dame du Port
ステンド・グラス

              この教会を出て、パスカルの道(後で知ったが)を通り、Cathedraleへ戻る。Cathedraleが開くまで他の教会を見ようとするが、そこも開いていない。マクドナルドへ入り、そこで昼食を食べながら時間を潰す。

15:00   Cathedraleに入る。さすがに、この街で一番の教会であり、内部は大きく、ステンド・グラスもすばらしい。教会の石はこの辺りの地域から取れる石を使用しているとのことで、黒いために教会自身も街の古い家も黒い色をしている。

Cathedrale Notre-Dame de I’Assomption
(ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂)


Cathedrale Notre-Dame de I’Assomption
(ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂)の正面


Cathedrale Notre-Dame de I’Assomption
のステンド・グラス

今日は日曜日なのと天気が曇りなので観光客も少なく、街は閑散としていた。

15:40   駐車場へ戻り、車に乗り、次の目的地であるホテルへ向かう。ところが予定では、17時半頃には到着のはずが、結構距離があった。

19:30   事前にGarminにセットした場所に着くが、どこにもホテルらしいものが見えない。途中で3回も村人(フランス語しか話せない)に聞き、やっと場所を見つける。

19:40   やっと到着。城をホテルにしており、受付の男の人は気品がある。昔は貴族だったのが、今は館を宿にしてホテル業をやっているという感じ。

              ワインと高速道路の途中で買ったハム、ソーセージ、サラダ、チーズ、ワインなどで夕食とする。

22:30   就寝。

             

              宿泊したChateau De La Fleunie

 
7
2日(月)    Condat-sur-Vezere→Sarlat→Beynac→Castelnard→Les Elyzies→Bordeaux         

 

06:30   起床。晴れ。田舎の晴れは気持ちが良い。

Chateau De La Fleunie
の駐車場

07:25   朝食。ホテルの周囲は広い庭園が広がり、朝食は庭園の側のレストランで行った。

Chateau De La Fleunie
の朝食場所

08:00   朝食終了。今まで食べてきたコンティネンタル・ブレックファストに卵が入っている程度であまり高級な気がしない。まあ、高価な3つ星ホテルと思えば、仕方がないか。

08:30   ホテルを出発。

09:15   Sarlat(サルラ)に着く。街の中心のリベルテ広場に着くが、まだ早いせいか街の人は観光客の準備中。車を広場に停めて観光に入る。

リベルテ広場

中国人の団体?がフォアグラを買っていた。広場を横切り、Cathedrale St-Sacerdos(サン・サセルド大聖堂)に入る。

Cathedrale St-Sacerdos(サン・サセルド大聖堂)の祭壇

ステンド・グラス(新しい)以外はあまり見るものがない。iに寄って、リベルテ広場に戻り、車を出し広場を去る。

09:50   広場を出ると、ナビが通行止めのところを行けという。このようなことは、1日に23回起こるが、Garminのデータがメンテナンスされていないためと思う。流石に慣れてきて、道の狭いところは無視して走り、広い道路になってから、ナビに従うようにする。

10:15   Chateaux de Beynac(ベナック城)に到着。裏口から着いたようであり、駐車場はまばら。Beynacは中世にイギリス軍のChateaux de Castelnaud(カステルノー城)と何度も戦争をしたところ。

Baynac
城から見たドルドーニュ川 - 遠くにChateaux de Castelnaudが見える


Baynac



Baynac
城の内部


Baynac
城の内部

ドルドーニュ川を挟んで英仏の睨み合い(100年戦争)が行われていたので、城の奪い合いが激しかった。マイクル・クライトンの小説「Time Line」の舞台にもなり、映画にもなったが(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
、その言及はどこにも無かった。この辺りは交通の便が良くなくて、レンタカーで来るしかない。従って、日本人はほとんど来ていなかったが、フランスの中世の活動を見るためには最高のところである。

11:05    Beynacを出て一方通行を下ると、川の方から城に上がる道路が主要な道路ということがわかり、たくさんの観光客が来ていた。早く来てよかった。

11:20    Beynacとは川を挟んで対岸にあるChateaux de Castelnaud(カステルノー城)に着く。

Castelnaud


直線距離にして、23kmか。Castelnaudには大きな駐車場があり、近くにみやげ物もたくさんある。城の中は結構見るものがあり、ビデオで中世の戦いの仕方などを説明していた。また、投石器の実物を展示していたのは興味深かった。

Castelnaud
城の内部


英仏戦争の絵


Castelnaud
城の投石器の模型 - 実物はもっと大きい


ドルドーニュ川

Castelnaud
は中世の戦闘の様子を伝える博物館となって居るため、中世のテーマパークになって居る。

Castelnaud
城への道路 - お土産屋が並んでいる

13:25   Castelnaudを出て、Les Elyzies(レゼジー)に向かう。

14:10   Les Elyziesに到着。車を無料の公共駐車場に停め、歩いてMusee National de Prehistoire(国立先史博物館)に向かう。ここは、最初の人類であるクロマニョン人の骨が発見された場所。近くにラスコー洞窟はじめ多くの先史時代の遺跡がある。Musee National de Prehistoireでは、人類40万年の歴史を辿れるところとのことだが、ここで陳列してあるのは石器時代までであり、いろいろな石器を展示しているだけでなく、ビデオでその石器の作り方を説明している。屋上のテラスの上には、石器時代の跡がある石の断崖が有り、その断崖にはところどころ穴が開いている。最初は、家の柱を埋め込んでいたのかと思ったが、そればかりではないとのこと。35000年前の人類の住居Abri Pataud(アブリ・バトー)だとのこと。

Les Eyzies

15:30   博物館から出る。

15:40   街をでて、Bordeaux(ボルドー)へ向かう。

18:00   途中でスーパー・マーケットのAuchanに入る。このAuchanも非常に広い。中華料理店で食事(30€)。そのあと、ソーセージとハム、サラダ、インスタント・ラーメンを買う。

19:30   ホテルに着く。ボルドーは言わずと知れた世界でもっとも有名なワインの産地。私は赤ワインが好きなので、ボルドーのワインは良く飲む。次に好きなワインはイタリアのMontepulciano、次はスペインのRiohaである。どれも少し重いワインであるが、ブルゴーニュのワインも好きである。
ボルドーは12世紀から約300年間、イギリス領であった。その頃に、イギリスではできないワインをボルドーから持ち込み、良く飲んだとのこと。ボルドーワインをイギリスではクラレットと言い、おいしいワインの代名詞にしている。そのため、ボルドーワインはより上質になり、ボルドー地方はワイン取引で貿易が盛んになり、富をもたらしたとのこと。
ホテルで明日のBordeauxのワイン・ツアーの申し込みをしようとするが、街の中に行き、自分で申し込みをしなければならないとのこと。このホテルはチェーン店になっているようであり、水道、電子レンジ、電気湯沸かし器、コーヒーポットなどがあり、自炊できるのがよい。
私が風呂に入った後、妻が入ろうとするとお湯が出ない(水しか出ない)。宿泊客がお湯を使っているからだろう。

              この記録を書きながら、黒のカオール・ワインを飲む(4€)。

23:00   就寝。

             
宿泊したホテルResidhotel Galerie Tatry

73日(火)                     Bordeaux→St-Emillion→Bordeaux

          

 

07:10   起床。晴れ。

              昨日、私がカオール・ワインを飲んだために、いびきをかき、妻が眠れなかったとのこと。
ボルドーの市内観光をしてから、ホテルに戻り、睡眠をしようとし、ワイン・ツアーへの申し込みは止めにする。

              朝食はまあ普通であるが、朝食会場は非常に込み合った状態。部屋数に比して朝食用テーブルの数が少ない。これは、昨日のお湯の問題とも同じような話。

09:20   車で街中の観光を始めようとホテルを出発。道路工事中なのか、通勤渋滞かわからないが思った以上に時間がかかる。

09:50   街中のAuchanの駐車場に車を停め、Cathedrale de St-Andre(サンタンドレ大聖堂)に向かう。ナビ(Garmin)を持ち出し、「徒歩モード」にセットし、行き先を教えてもらう。これが結構便利。

10:20   サンタンドレ大聖堂へ入る。ステンド・グラスが結構ある。また、12世紀頃からの歴史がある。

Cathedrale de St-Andre
の正面


Cathedrale de St-Andre
の内部

10:40   教会を出て、Grand Theatre(大劇場)へ向かう。

11:15    Grand Theatreに着く。今日は休みなので入れず。向かいのGrand Hotel de Bordeauxに入り、トイレを借りる。

大劇場

11:55    Hotelから出て、Musee d'Aquitaine(アキテーヌ美術館)へ向かう。

12:30   Musee d'Aquitaineに入る。ここは無料。ボルドーの歴史が先史時代から現代まで陳列されている。特に興味が深かったのは、アフリカから奴隷を引っ張ってきたことの歴史を描いており、それが現在フランスで黒人がたくさんいる原因であることがわかる。

14:55   美術館を出て、車でSt-Emillion(サンテ・ミリオン)村まで行くことにする。St-Emillionのワインはよく飲んでいる。通常、ボルドーの赤ワインのブドウの種類は「カベルネ・ソービニオン」(重い)が中心だが、St-Emillionのワインは私の好きな「メルロー」(カベルネ・ソービニオンよりは軽い)が多い。

St-Emillion
の風景

15:15   St-Emillionに着く。駐車場にはたくさんの車が止まっているのには驚いた。小さな村にこのような観光客が来るなんて!私のようなSt-Emillionのワイン好きが訪れるのだろう。
この村にSt-Emillion の名前が付いた訳は、カトリックの修行僧St-Emillion 8世紀にここで隠遁生活を始めたのが始まりと言われる。その後、弟子たちが地下の石灰岩をくり抜いてEglise Monolith(モノリス教会)を作ったとのこと。しかし、この教会は個人では見学できなかった。
さて、Maison du vin de St-Emillion(ワイン会館)に行くが、日本にはワインを送ることができないとのことだった。そこで、個々で購入するのはあきらめて、街中のワイン・ショプを見て周り、ワインを1ダース購入する。395€。クロネコ・ヤマト便で送ることができた。しかし、これは後の話だが、日本で更に16,400円(税金、国内配送料等)かかった。この時に、初めて外国で日本の運送業者を使用した。しかし、外国の運送業者では日本での税金を払った覚えが無い。それとも、外国の業者が日本の税金分も徴収していたかも。ちょっと、信じられない話だが
ボルドーワインで思い出すのは、20年前に20年物のポムロールのSt-Petrus(セント・ペトリウス)を飲んだことでがある。他の5大シャトー(シャトー・ラフィエット・ロートシルト、シャトー・ムートン・ロートシルト、シャトー・ラツール、シャトー・マルゴー、シャトー・オーブリオン)+アメリカ・カリフォルニアのオーパス・ワンのワインも非常においしかったが、St-Petrusが最も滑らかでおいしかった。もちろん、St-Petrusは高すぎて買う気がしなかった。

16:10   St-Emillionを出て、Bordeauxへ戻る。途中のAuchanで夕食を買い、

18:40   ホテルに戻る。

19:30   夕食をとり、

22:00   早めに就寝。

 

74日(水)                     Bordeaux→Pau→Lourdes

 

07:10   起床。雨。

07:00   昨日、ホテルからもらったユーザIDとパスワードでInternetにアクセスする。

08:15   朝食。

09:15   ホテルを出ようとするが、ホテルの隣が倉庫になっており、輸送車が荷物を降ろしていて、道をふさいでいる。道を明けるまで待つ。

09:30   やっと、出発。時間に余裕があるので、高速道路の制限速度が130kmのところを100kmで走る。途中で雨が止む。あちこちの休憩所で休み、

13:50   Pau(ポー)の駅前に到着。ここに車を停め、近くのケーブルカー(無料)で上がる。

            Pauの駅前


駅前にあるケーブルカー

歩いて、近くの教会Eglise St-Martin(サン・マルタン教会)に入る。フランスの教会は簡素だがステンド・グラスはきれいだと思う。

Eglise St-Martin(サン・マルタン教会)の祭壇


Eglise St-Martin(サン・マルタン教会)のステンド・グラス

14:25   ChateauxPau城)に入る。

Pau


城内を自由に見られるかと思ったが、説明員(フランス語)についていかなければ成らず、説明員も詳細に説明(こちらはわからない)するので、なかなか進まない。駐車場の期限が15:40までなので、説明員に断り、途中で出る。

15:30   Pauを出て、Lourdes(ルルド)に向かう。途中でディーゼルを入れ、Lourdesに入る。先にBasillique du Rosaire(ロザリオ聖堂)へ行こうとしたが、Garminがまたおかしな指示をするので、

16:50   先にホテルに入り、車を置いて、歩いてBasillique du Rosaire(ロザリオ聖堂)へ行くことにする。                 

17:00   Basillique du Rosaireの近くまで行くと、多くの身体障害者が行列を作っている。

ロザリオ聖堂 - 病気の治癒を望んで(前庭)

ここでは、1858年に幼い女の子の前に突然聖母マリアが現れ、その後17回にもわたって、同じ場所に出現したという。ある日、聖母マリアから泉へ行って顔を洗いなさいと言われ、洞窟近くの地面を掘ると泉が湧きだし、その湧き水によって、病気が治ったという「奇跡」(ローマ教皇庁が詳細に「奇跡」を調査して本当にあったと認めた)があったところ。今ではこの小さな町に170か国から年間600万人が集まるというカトリック最大の巡礼地になったとのこと。

ロザリオ聖堂の正面

立派な教会内部と奇跡が起きたGrotte de Massabielle(マサビエルの洞窟)を見る。奇跡の泉は今でもこんこんと水が湧いており、人々が祈りながら近くの岩を撫でていくために、黒光りしている。

マサビエルの洞窟

18:50   帰ろうとすると雷が鳴り、雨が降ってきた。聖堂の近くのレストランで食事をテイクアウトし、雨の中をホテルに戻る。途中の店でビールを買う。

雨宿りした店から見たルルドの街

19:40   ホテルに戻り、食事(レストランで買ったもの、ワイン、ビール等)。
アメリカ系のホテル(Best Western)なので部屋が広いと期待したが、狭かった。特に、洗面所のドアがトイレの入口の邪魔をして十分に開かない。部屋が狭いだけでなく、ベッドも狭かった。この街には、パリの次にホテルが多いとのこと。

20:30   食事を終え、一段落する。

22:00   ワインのせいか、早めに就寝。

             

              宿泊したホテルBest Western Beausejour

 

75日(木)                     Lourdes→Toulouse

 

06:55   起床。雨。

07:35   食事。Best Westernなので食事を期待したが、卵が出ただけであとは普通の食事。

08:50   ホテルを出る。
Lourdes
からToulouse(トゥールーズ)まで高速道路を走るが、雨が降っているので110km/h位が限界。Toulouse近くになると雨が晴れてきた。

12:10   Garminのナビは街中(Toulouseも)では信用できない。通行止めのところを行けと指示するのはいつも同じ。何度も失敗をして、やっとLe Capitole(キャピトル)の広場の地下駐車場に着く。

12:30   歩いて直ぐのLe Capitoleを見学。2階には壁、天井全面に絵を描いた広間があり、有名な画家が書いたものではないが、有名とのこと。ここは無料で見学できた。

Le Capital
の正面


Le Capitol
の内部

12:50   Le Capitoleを出て、Basillique St-Sernin(サン・セルナン・バジリカ聖堂)に向かう。

13:00   Basilliqueに入る。ロマネスクの絵などは、剥がれているが、かなり古い寺院。11世紀にスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの街道上の巡礼地となり、この聖堂が建てられたとのこと。

Basillique St-Sernin
の内部

13:30   Basilliqueを出て、

13:35   Notre-Dame du Taur(ノートルダム・デュ・トー教会)に入る。ここはガイドブックにも乗っていない教会だが、かなり歴史があるらしい。

13:40   Notre-Dame du Taurを出て、

13:50   Les Jacobins(ジャコバン修道院)に入る。内部はだだっ広いだけ。回廊部分を見学するが、工事中で全部のものを見れなかったと思う。それにしては、4€/人は高い。

Les Jacobins
の正面


Les Jacobins
の有名な天井

14:10   Les Jacobinsを出て、Musee des Augustins(オーギュスタン美術館)に向かう。

14:30   Musee des Augustinsに入る。結構絵画があるが、有名な画家の絵が少ない。ロートレックや、ドラクロアなどがあるだけ。

15:30   Musee des Augustinsを出て、近くのHotel d’Assezat – Fondation Bemberg(アセザ館)に行く。

15:40   Bembergに着き、中を見学。私立の美術館だが、見ごたえがある。イタリアの画家の絵が結構ある。

16:40   Bembergを出て、駐車場まで歩き、車を出し、ホテルに行く途中でスーパー・マーケットのCarrifour(カルフール)に行き、夕食の材料(私は中華料理の3品、妻は野菜)を買い、

18:15   ホテルで食事。ホテルは初めての4つ星であり、流石に部屋は広いなど3つ星とは異なる。これからは4つ星ホテルだけにしようと思う。今日は、LourdesからToulouseまでは雨が降っていたが、Toulouseに着いてからはあまり雨に降られなくて良かった。

22:30   就寝。

宿泊したHotel Palladia

 

76日(金)                     Toulouse→Carcassonne→Peyrepertuse→Queribus→Nime

 

06:45   起床。晴れ。

07:40   食事。4つ星ホテルだけあり、ソーセージ、卵、ポテトのアメリカン・ブレックファストも付いている。客はスーツを着たビジネス・マンが多い。

09:00   ホテルを出発。一路Carcassonne(カルカッソンヌ)へ向かう。

10:30   Cite(シテ)に到着。駐車場に車を停め、城壁の内部へ入ると街があった。街もこの城が守ったのだろう。このCiteは古代ローマ時代に最初に建設されたという。中に入るが、展示物は特になく、砦の内部を通路に沿って回ってくる。結構な観光客が居る。

街から見たシテ


シテの入口の門


シテの内部 - 街がある

11:40    Citeを出て、ミディ運河(Canal du Midi)に向かう。

12:10   ミディ運河の水門に着く。ミディ運河クルーズに乗るつもりだったが、どこから出発しているかわからず、諦めた。

ミディ運河

水門で水位の高さを調節し、運河を個人の船が航行できるようになっている。

12:50   ミディ運河を出て、Chateaux de Peyrepertuse(ペイルペルテューズ城)に向かう。途中は1車線の田舎道であり、スピード制限は90km/hなのに、60km/h位しか出せない。Garminは制限速度で時間を計算するので、予定時間が大幅に遅れた。

14:20   Chateaux de Peyrepertuseに着く。

Chateaux de Peyrepertuse
の入口から城跡を見る

この辺りは、キリスト教異端派「カタリ派」の終焉の地である。カタリ派とは、11世紀から13世紀に南フランスのラングドック地方で信者を集めたキリスト教の1派である。カタリ派(アルビジョア派とも言われる)の人気に脅威を感じたカトリック教会はアルビジョア十字軍を派遣して、カタリ派を撲滅した(50年間で100万人を殺したとのこと)。
直ぐ側に観光用の入口があり、そこから入場する。

城までの山道

このあたりの城は山の上にあり、特に崖の上にあるので、近づくことは至難の業。城までは山道を歩いて10分くらいかかる。630日までと71日から入場料が異なる(71日からの方が1高くなる)。

Chateaux de Peyrepertuse
の全景

城の中に入ると、鷹の飛翔のデモンストレーションを行っていた。多分このために71日から入場料が高くなったのだろう。客が50人位も居て、びっくり。説明がフランス語なので何を行っているかはわからない。

鷹の飛翔のデモンストレーション

途中で抜け出し、城の内部を見る。全くの廃城なのでガレキだらけである。

16:00   Chateaux de Peyrepertuseを出て、

16:10   Chateaux de Queribus(ケリビュス城)に着く。時間がないので、入り口から写真を撮る。この城は、13世紀にカタリ派が最後に立てこもり、アルビジョワ十字軍がカタリ派を全滅させた跡とのこと。駐車場から城までは登り道で片道30分はかかりそう。

Chateaux de Queribus
の駐車場から城を見上げる


Chateaux de Queribus
の遠景

16:25   Queribusを出て、Nimes(ニーム)に向かう。Queribusから最初の1時間は田舎道を行くが、途中から高速道路になり、130km/hで走る。しかし、2箇所で渋滞があり(1つは自然渋滞、もう一つは事故)大幅に遅れる。また、Nimesに着いてから、スーパーのCarrefourで夕食の買い物をし、ガソリンを入れたために更に遅れる。

20:30   ホテルに着く。私はハムとインスタント・ラーメン(韓国製)、妻はインスタント食品と味噌汁。昨日の腹いっぱいが少しは軽くなったか?

23:00   就寝。

宿泊したホテルHôtel Le Pré Galoffre

 

77日(土)                     Nimes→Pont du Gard→Orange→Fourques


07:20   起床。昨日は遅かったので、遅く起きた。

08:20   食事。ホテルのレストラン(外)で食事。

09:15   ホテル発。

10:10   NimesArenes(古代闘技場)に着く。ここはローマ時代の闘技場の中では保存状態が一番良いと思う。

NimesArenes(古代闘技場)

規模はそれほどでもないが、ローマのものよりはずっと保存状態が良い。説明では(日本語のガイドを貸してくれる)、闘技場で活躍した剣闘士は現在のロックスターのように人気があったとのこと。また、剣闘士になるのは、奴隷ではなく自由意志でなったとのこと。

剣闘士の説明

10:55   Arenes(古代闘技場)を出て、Maison Carree(メゾン・カレ)に向かう。

11:05    Maison Carreeに到着する。Nimesの歴史を描いた映画が上映されるとのことであり、11:20まで待つことにする。Maison Carreeはローマ時代の神殿であり、現在は一部しか残っていないが、ローマ時代には周りの廊下を含めると結構大きなものだったようだ。

Maison Carree

11:25    3D映画が始まる。30分くらいの長さであった。

11:55    Maison Carreeを出て、駐車場へ向かい、車に乗る。

13:00   Pont du Gard(ポン・デュ・ガール)へ到着。驚いたことに、ここは大規模な観光地として駐車場が立派にできている。

Pont du Gard - ローマ時代の水道橋

ここは、Pont du Gardの観光客だけではなく、川で泳ぐ家族連れも来ている。

              ローマの水道橋が残っているのはあちこちで見たが、ここは結構大きく保存状態も良い。

Pont du Gardでの水遊び

14:00   Pont du Gardを出る。

14:45   Orange(オランジュ)に着く。路上駐車し、駐車料金を払い、

14:50   Theatre Antique(古代劇場)へ入る。劇場の前面の壁がほとんど残っている。オーディオ・ガイドを借り、中を見る。NHKでも紹介していたのが思い出される。今でも演劇に使用されるとのこと。また、中央上方には皇帝の像があるが、皇帝が変わると顔だけを挿げ替えていたとのこと。

Theatre Antique(古代劇場) - 現代劇の舞台設定をしていた

15:50   Theatre Antiqueを出て、向かいの美術館へはいる、この美術館はTheatre Antiqueに入るとおまけに付いてくる入場券であるが、中に入るとつまらないものであった。

16:10   美術館を出て、駐車していたところに着くと、テープが張られていた。駐車料金はまだ1時間くらい残っているので、テープを外し、車を出し、一路ホテルに向かう。
ホテルはFourquesという街だが、実際にはArles(アルル)の街の郊外である。

18:25   ホテル着。2つ星であったが、郊外なのでベランダもあり、気持ちが良かった。あまり早くホテルに着いたので、Arlesのスーパー・マーケットの行き方を聞き、

19:10   スーパーに行き、買い物をする。

20:30   ホテルへ戻り、夕食。団体のバスが2台も泊まっている。ここならば、さもありなんと思う。

22:45   就寝。

宿泊したホテルMas des Piboulès

78日(日)     Fourques→Arles→Les Baux-de-Provence→Aix-en-Provence


06:00   起床、曇り

07:40   食事。

08:35   ホテルを出て、Arles(アルル)のPont Van Gogh(ゴッホ橋)に向かう。

08:50   まだ交通量も多くなく、簡単にPont Van Goghに着いた。着くと、車がたくさん近くに止まっており、 Pont Van Goghも有名なのだなと思ったら、川遊び用の船を車で引いてきた人が車を停めて、これから遊ぼうとしているのだった。2人で写真を撮り、帰ろうとすると地元の人もゴッホの橋の写真を撮っていた。ゴッホの絵の有名な橋を再建したようだが、橋の両端が絵と異なる。それは仕方がないか。

Pont Van Gogh

09:00   Pont Van Goghを出て、街の中心のJardin d’Ete(夏の庭園)の前に止まる。最初は場所がわからず、苦労したが、漸くわかる。

09:20   Garminを持ち、Eglise St-Trophime(サン・トロフィーム教会)に入る。この教会はロマネスク教会とのことだが、あまりロマネスクの感じがしなかった。この教会は中世にスペインのサンチアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路の途中にあたるとのことで多くの巡礼者が訪れたのこと。


Eglise St-Trophime
(サン・トロフィーム教会)の正面


Eglise St-Trophime
(サン・トロフィーム教会)の内部

09:35   教会を出て、近くのTheatre Antique(古代劇場)へ行く。

09:40   しかし、この日はなぜか閉まっていた。他の団体(ほとんどが老人)も外から写真を撮るしかなかった。古代劇場は、Orangeよりも保存状態が悪く、あまりオリジナルのものが残っていない。

アルルの古代劇場

09:45   Amphitheatre(円形闘技場)へ着く。最初は、ここも入れないかと思ったが、中を見ると観光客が入っていた。そこで、近くの入り口から入ろうとすると、工事係員(この日は闘技場の中に砂を入れていた)が、反対側が入り口と教えてくれたので、反対側へ回る。中に入るが、Nimesのような説明もなく、詰まらなかった。Nimesを見た後からかもしれない。

アルルのAmphitheatre(円形闘技場)内部


アルルのAmphitheatreの剣闘士の説明

Amphitheatre
を出ると、阪急交通社のトラピックスが来ていた。添乗員に聞くとフランス10日間の旅とのこと。トラピックスではAmphitheatreに入らないらしい。

10:45   Amphitheatreを出て、車を駐車した場所へ戻り、車でMusee departemental Arles Antique(県立古代アルル博物館)に向かう。

11:00    Musee departemental Arles Antiqueに着く。この頃から晴れて来る。
ここでは、アルルのローマ時代の発掘品が多く展示されている。ローマ風呂や山の上に荷物を上げる設備、ローマの葬式の列等他では見られないものがあった。ルーブル美術館に飾られている「アルルのビーナス」(闘技場で見つかったとのこと)の複製もあった。

県立古代アルル博物館の跳ね橋この頃から勝鬨橋の先祖があるなんて!!!

11:55    この博物館を出て、Les Baux-de-Provence(レ・ボー・ド・プロヴァンス)に向かう。

12:25   Chateaux des Baux(レ・ボーの城砦)の駐車場に着くが、車がたくさんあり、なかなか駐車する場所が見つからない。日曜日とはいえ、このような廃城に来る人が多くいることにびっくり。やっと見つけた道路脇の駐車場に停めたが、5€20時まで)もする。中に入り、城の中を見る。AudioGuidを借り(無料)、Chateau des Bauxの中を見る。

Chateaux des Baux(レ・ボーの城砦)

13:30   投石器のデモンストレーションがある。投石器は1発打ってから、次の石を打つまでに2時間もかかるという。また、クロスボーのデモも見る。

投石器のデモンストレーション

14:30   中世の武器のデモンストレーションを見る。子供がたくさん来ているせいか、子供用の説明であり、内容的には詰まらなかった。

攻城方法の説明 - 門を打ち壊す方法


Chateaux des Baux(レ・ボーの城砦)内部

15:20   城を出る。近くの映画(Lumieru)でゴッホの絵を映画で見せるというので、そこへ行く。そこは、石切り場跡であり、四角に切った石がトンネルのようになっている。暗くて非常に広い石切り場の中でスライドで、ゴッホの絵を写している。

石切り場の入口

16:05   そこを出て、Aix-en-Provence(エクス・アン・プロヴァンス)へ向かう。

17:30   ホテルの位置はわかったが、車を停めるところがない。駐車場を探して、なんどもホテルの周りを回る。ホテルの駐車場に入れようと思ったが、満杯。直ぐ側の路上駐車場(日曜日から月曜日の9時まで無料)が開いたので、苦労して(何度も切り返しをして)停める。ただ、幅が狭いために、少し線からはみ出しているのが気にかかる。駐車違反で捕まらないかが気になる。

ホテルからすぐ近くのロータリーにある画家Paul Cezanne(ポール・セザンヌ)の像

18:10   ホテルに入る。まだ、早いので歩いてホテルの周りを回り、マクドナルドを探すが、当然無い。ホテルに戻り、あるもので夕食。私はカップヌードル、昨日買ったソーセージ(湯沸かし器で暖める)、ワイン、コーラなど。

23:00   就寝。

宿泊したホテルHotel Saint Christophe


7月
9日(月)          Aix-en-Provence→Monaco


06:10   起床。晴れ。今日はモナコまで行く。

07:00   食事。ゆで卵を3つ食べる。

08:10   車は大丈夫だった。駐車違反にはなって居なかった。一安心。
ホテルを出て、一路、Monaco(モナコ)へ。

10:55   Monacoのホテルに着く。荷物を出し、車を預けてチェックインしようとすると部屋がまだ開いていないとのこと。そこで、手荷物だけを持ち、歩いてMonaco見物に出かける。

Monacoの港

11:25    モナコ王宮に着き、衛兵交代を待つ。見物客がたくさん居り、日本人もちらほら。

Monaco大公宮殿(王宮)

11:55    衛兵交代が始まるが、たいしたことは無い。今まで見た衛兵交代のうち、一番簡単であった。観光地化しているためか?

衛兵交代

12:05   衛兵交代が終わり、宮殿に入ろうとするが、衛兵交代が終わった直後ですごく人が並んでいる。近くのみやげ物屋を周り、時間を潰す。

12:30  やっとPalais Princier(大公宮殿)に入る。内装は今まで見たフランスやイタリアの宮殿と似たり寄ったりだが、装飾の絵にたいした画家を使っていないためか、あまり印象はない。

13:00   Palais Princierを出て、隣のMusee des Souvenirs Napoleoniens et Collections des Archives Historique du Palais(歴史博物館)へ入る。これは、モナコ大公がナポレオン軍の1部として、参加したのを記念している。結構面白かったが、銃のコレクションが印象に残った。

13:50   博物館を出て、Cathedrale de Monaco(モナコ大聖堂)まで歩く。

14:00   この聖堂は15世紀にできたとのこと。絵はロマネスクだが、最近描いたような色である。これは通常ヨーロッパの教会では古い絵は古いままで展示しているが、ここでは新しく色を塗っているらしい。そのため、原画のイメージが沸く。

Cathedrale de Monacoの正面

Cathedrale de Monacoの内部

14:30   Cathedrale de Monacoを出て、Musee Oceanographique et Aquarium(海洋博物館と水族館)へ向かう。

14:40   到着。直ぐに入場する。地下にある水族館は広く、結構見ごたえがある。この水族館を十分見て、1,23階の博物館へ行く。しかし、博物館はほとんど面白くなく、さっと素通りした。屋上からのモナコの海はきれいだった。

Monaco海洋博物館

16:00   水族館を出て、コーラ(2.5€)を買い、腹が空いたので、サンドウイッチ1つ(5€)を2人でレストランで食べる。その後、Palais Princier広場に戻り、ホテルの近くまで行くとスーパー・マーケットがあった。そこで、今日の夕食(コーラ、ソーセージ、野菜、パスタ等)を買い、ホテルに戻る。

17:00   ホテルで鍵をもらい、後で荷物をボーイに届けてもらう(チップ2€)。

18:00   それから風呂に入り、その後、夕食とする。

20:00   Le Casino de Monte Carlo(カジノ・ド・モンテ・カルロ)を見るために、外に出る。

宿泊したホテルの屋上

ホテルから歩いて10分くらいのところにあるが、モナコで1番高級なホテルであるオテル・ド・パリの向かいにある。2人でカジノ・ド・モンテ・カルロの中に入り、入場料(10€/人)を取られないようにカジノを見学。他の観光客は入り口で返されたが、私たちはまあまあの格好であったのと、これからカジノに行くという態度だったので入り口では止められずに中に入れた。無料で入れたカジノは、入口近くにあり、まあまあ普通の装飾だった。映画007「カジノ・ロワイヤル」(カジノ・ド・モンテ・カルロがモデル)で見た豪華なカジノはVIP専用の部屋であろう。

Le Casino de Monte Carloの正面

カジノの玄関前の公園には、カジノを見学したいが、中には入れないという人が黒山のように居る。また、オテル・ド・パリの周りにはイブ・サンローランなどの店が並び、ここが最高級の場所であることを示している。

Hotel de Paris(オテル・ド・パリ) - 右側がホテル、左側がLe Casino de Monte Carlo

オテル・ド・パリの中には入ったが、ロビーの座席には空いているものが無く、コーラも飲めなかった。その後、

21:10   ホテルに帰る。

22:00   突然、港で花火が始まる。ホテルに着いたときに、レセプションの人が、毎日花火が上がると言っていたが、夜の10時頃まで暗くならないので、始められないのだろう。最初は部屋から見ていたが、部屋は2階(日本での2階)なので、上の方が見えない。妻は、パジャマを着ているので外には出ないと言ったので、私1人で7階に上がり、公園に行った。そうすると公園ばかりでなく、周りは人で一杯。皆花火を楽しみにしているのだろう。また、音楽が町中に響き渡り、その音楽に合わせて花火が上がる。非常にタイミングや雰囲気が合っており、感心した。しかし、花火そのものはあまりできが良くない。本来球形になるべき花火が楕円になったり、欠けていたりと形は良くない。しかし、それを除けばしっかり楽しめた。

22:25   花火が終わると、港に停泊しているヨット、ボートがいっせいに汽笛をならし、拍手の代わりをしていた。この汽笛は23分くらい続いた。

22:35   部屋に戻る。

23:00   就寝

宿泊したホテルHotel Port Palac


710日(火)        Monaco→Marseille→Aix-en-Provence→Avignon


06:45   起床。

07:40   食事。食事が22€/人もするだけあって、いままでで一番良かった。

09:00   モナコを出るが、途中の道が曲がりくねっていて複雑なため、Garminの反応が遅い。そのために何度か道を間違えた。

11:40    Marseille(マルセイユ)に着くが、ここはひどい交通渋滞。交通が混雑しているとは以前から聞いていたが、実際に経験すると驚いてしまう。Garminに行先としてBasilique Notre-Dame de la Garde(ノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バジリカ聖堂)をセットしていたが、何処なのか良くわからない。近くに着いたら、標識が出ていたので、その近くの路上駐車場(これもどこもかしこも満員)の脇に狭いスペースを見つけて(本当は駐車場のラインから出ていたが、道路と車1台が通れるほどの間隙がある)駐車した。30分で50セントの説明があったので、50セントを入れたら、2時間半も時間が取れた。まあ、これで安心して見学ができると思い、歩行者に教会の方向を聞き(フランス語で話すので、正確にはわからず、方角がわかるだけ)

13:00   駐車場を出る。しかし、Basilique Notre-Dame de la Gardeは山の上にあり、駐車場は山裾にあった。坂道をテクテク登り、15分くらい歩いて、汗だくになりながら、

13:15   やっと聖堂に着く。ところが聖堂の周りには駐車場が完備しており、場所も余裕が有った。これからは、目的地まで行ってから、車を停めようと心に決める。この聖堂は内部の塗装も新しい。一部、ロマネスク様式の祭壇跡が残っている。外に出ると、風が心地よい。南フランスは日当たりであると暑いが、日陰は涼しい。風も吹いているので、汗だくだった身体も乾いてきた。教会の入り口の近くには第2次大戦の銃弾の痕が残っていた。この山はマルセイユで一番高い場所にあるらしく、見晴らしが良い。アレクサンドロ・デュマの「モンテ・キリスト伯」で主人公のダンテスが幽閉されたとなっているイフ島が近くに見える。

Basilique Notre-Dame de la Gardeの正面

Basilique Notre-Dame de la Garde
の内部


Basilique Notre-Dame de la Garde
から見る「モンテ・キリスト伯」でダンテスが幽閉された


体が乾いたところで、歩いて駐車場へ戻り、

14:00   駐車場を出る。出たのはいいが、また、渋滞の中に入り、Garminは一方通行で通行禁止の方向に進めというし、また、道路工事をしているためにGarminの行く方向に行けないなど、いつものようにGarminの都市部でのデータ不足が目立つ。それでもやっと、高速道路に乗り、Aix-en-Provenceに向かう。おととい、ここに来ても何も見なかったので、Cathedrale St-Sauveur(サン・ソヴァール大聖堂)に向かう。Aix-en-Provenceも街に入ると渋滞。南フランス全体が今頃の時期には渋滞かなと思う。

15:20   Garminは相変わらず、通行禁止のところを通れという。それを無視し、遠く離れた場所から目的地に行く。マルセイユで教えられたとおり(?)、大聖堂が見える最短距離のところに駐車し、見学開始。
Cathedrale St-Sauveur
内部は結構大きい。回廊は見なかったが、両翼は広い。いつもながら思うのだが、フランスの教会の特徴は、イエスが捕まり、十字架を負って歩き、貼り付けになり、復活すると言う場面が絵や彫刻で教会の柱に張っていることだ。これは他の国には無かったと思う。それとも、有ったのだが、気にしていなかったのか?

Cathedrale St-Sauveur
の正面


Cathedrale St-Sauveurの内部

大聖堂を出て、みやげ物屋をぶらつき、

16:30   駐車場を出る。帰りは、そんなに渋滞は無かった。途中の高速道路はすいすい行き、

17:30   Avignonの郊外のスーパー・マーケットでケンタッキー・フライド・チキンを17€/2人で食べる。客はまだ早いと見えて、23人。コーラ類の飲み物は店で食事をすると飲み放題なので、3杯もお代わりした。

18:10   ケンタッキー・フライド・チキンを出て、Avignonの街に入るとこれまた渋滞。これは、退勤後の渋滞かと思う。Avignonは中世時代の壁に囲まれた町のようだ。その壁の外側をのろのろと進み、やっと、ホテルが見えたと思ったら、壁の内側。

19:00   ホテルの玄関(?)に車を停めて、チュック・インしようとすると、ボーイが出てきて妻を乗せたまま運転して別な場所に停めた。今日は5つ星ホテル。妻が贅沢だ!と言いそうな顔をしている。風呂に入り、

23:00   就寝。

宿泊したホテルHotel d'Europe

 

711日(水)        Avignon→Abbaye de Senanque→Lyon


06:00   起床。晴れ。

07:00   朝食。

有料のホテルの朝食 - 5星ホテルにしては、少し寂しいね

08:30   車と荷物をホテルに預け、Avignonの観光に行く。歩いてAvignon橋に向かうが、橋の上に行くのは観光料金を支払う必要があり、9:00から開くという。Palais des Papes(法王庁宮殿)まで歩き、

09:00   Palais des Papesに入場。AudioPhone(日本語)を無償で借りる。

Palais des Papes(法王庁宮殿)

14
世紀の約70年間、法王庁がローマからAvignonに引越し(法王は7代に渡ってフランス人)、法王の全ての仕事がローマから移された。その間に、法王庁宮殿も拡張され、ローマの法王庁の規模までとは行かなかったが、結構大きな宮殿となった。ローマに法王庁が移った後、フランス革命でかなりの部分が破壊、略奪されてしまった。現在、ローマ法王が最盛期だった頃の王宮に戻そうと修復の最中だとか。内部は、ローマの法王庁に比較するほどのものは無い。

法王庁宮殿の天井画

10:50   Palais des Papesを出て、

10:55   近くのMusee du Petit Palais(プティ・パレ美術館)に入る。ここには、法王庁が置かれた時代の絵(ロマネスク様式ばかり)がたくさん展示されている。絵のほとんどは、イタリアのもの(フローレンス、ボローニィア等)がほとんどであり、有名な画家は少ない。

12:00   美術館を出て、Pont St-Benezet-Pont d'Avignon Avignon橋)に向かう。

12:30   Pont St-Benezet-Pont d'Avignonに入る。AudioGuideを無料で借りるが、あまり内容は無い。橋の途中に教会があり、今は使われていないが、当時は街の人に信仰があったという。何度も橋が流されたようであり、現在も途中で途切れているのはそのためとのこと。

Avignon橋 - 法王庁宮殿を見る


Avignon橋 - 教会を背景に

13:05   橋を出て、街の中を歩き、土産物屋に入り、友人へのお土産を探す。丁度この時期、Avignonは芸人たちのパフォーマンスをする演劇祭の時期らしく、街の中ではそのデモンストレーションが行われていた。

Avignonの演劇祭のPRをしている

13:45   ホテルに戻り、車と荷物を入手し、Avignonを出る。一路、Abbaye de Senanque(セナンク修道院)に向かう。

14:50   Abbaye de Senanqueに着く。ここまで来るには1車線の曲がりくねった一般道路で来なければならない。従って、ここに来る人はほとんど居ないだろうと思っていたが、驚いたことにたくさんの人が来ていた。「地球の歩き方」フランスの本の中では、目次にも登場せず、トピックスとして9行分しか紹介されていない。ここはラベンダー畑で有名なのだが、富良野のラベンダー畑と比較するとおもちゃにしか過ぎない。しかし、12世紀に建てられたシトー派修道院がラベンダーを栽培しているので、花が咲く6月、7月には観光客が来るのであろう。駐車場もあり、行った時には駐車場から車があふれていた。特に、中国人が団体で来ていたのにびっくり。折角、フランンスに来たのによくこんな場所に来るなと感心した。この頃の中国人はお金のレートが低いので、団体旅行はお金のかからない場所、入場料のかからない場所を選んでいくというのが定番だったらしい。妻はお土産を買う。

Abbaye de Senanqueのラベンダー畑


Abbaye de Senanque

15:40   修道院を出て、Lyon(リヨン)に向かう。

19:00   ホテルに到着するが、直ぐに夕食の買い物に出かける。Lyonの街の中にCarrefourが有るというので、車でそこへ向かう。相変わらずGarminはいい加減な道を指示する。何とか、Carrefourに着き、駐車場に入れる。駐車場は1階であるが、Carrefour3階。そこで、ハム、ソーセージ、野菜を買い、ホテルに戻り、地下駐車場に車を入れる。

21:00   夕食。

23:00   就寝

宿泊したHotel des Artistes

712日(木)        Lyon→Beaune


06:30   起床。晴れ。

07:30   食事。

08:30   ホテルをチュックアウトし、地下駐車場から車を出し、出発する。当初は、駐車場に車を停めたまま、歩いて見学する予定だったが、結構見学する場所から遠いことが分かり、車で行くことにする。

08:45   大聖堂がある山の上に向かう。

09:10   最初は、Basillique Notre-Dame de Fourviere(ノートルダーム・ド・フルビエール・バジリカ聖堂)の近くの道路に車を停めようと思ったが、聖堂の駐車場がPrivateと表示されていたため停められないと思い、周りに駐車場が無いかと車で探し回った。しかし、他の観光客が平気で聖堂の駐車場に停めるので、現地の人に聞くと、観光客も駐車場に車を停めてもOKだとのこと。そこで、聖堂の駐車場に車を停める。


Basillique Notre-Dame de Fourviereの正面

09:50   聖堂に入る。比較的新しい聖堂であり、絵の具などではなく、モザイクで絵を描いている。

Basillique Notre-Dame de Fourviereのモザイク画


Basillique Notre-Dame de Fourviere
の祭壇

10:10   聖堂を出て、歩いて、Theatre Romains(ローマ遺跡)に行く。

10:20   ここでは、714日のフランスの祝日のために、舞台を設定しており、見学できなかった。

10:20   ローマ遺跡の円形劇場(他のものよりも小さかった)を出て、下に歩く。

ローマ遺跡の円形劇場

10:30   Primatiale St-Jean(サン・ジャン大司教教会)に入る。ここはあまり印象が無い。しかし、説明員が親切にも説明してくれる。日本語や中国語での説明書もあるので、国際化をしようとする努力が垣間見れる。

Primatiale St-Jean(サン・ジャン大司教教会)

10:55   Primatiale St-Jeanを出て、旧市街を歩き、Eglise St-Paul(サン・ポール教会)まで歩くが、この教会は閉まっていた。そこで、

11:15    Musee Gadagne(ガダニュ博物館)に入る。ここはLyonの町の歴史を展示しており、Lyonが歴史上重要な位置を占めたことがわかる。特に、18世紀以降、絹織物が特産となり、市民の1/3以上が絹織物の産業に関係したとのこと。これは産業革命でイギリスに追い抜かれる前。このあと、付属のマリオネット博物館に入る。世界のマリオネットや、日本の義太夫が展示してあった。

Musee Gadagne(ガダニュ博物館)

12:30   博物館を出て、ケーブルカーまで歩く。

12:50   ケーブルカーで頂上まで上がる。このケーブルカーはほとんどトンネルを通るので、折角のLyonの街が見えなかったのが、残念。

Fourviereの丘からの眺め

13:10   大聖堂の駐車場を出て、車でMusee Lumiere(ルミエール美術館)へ向かう。

13:55   Musee Lumiereから2kmくらい離れたところに駐車し(場所を間違えたため)、歩いて(20分くらい) Musee Lumiereに向かう。

14:30   ルミエールの作品(映画)はたくさん有り、それを全部見ようと思ったがとても無理だと分かった。また、ルミエールは映画の撮影機を持って、世界中を周っており、日本には明治30年頃に立ち寄って、舞妓や田んぼの水くみ(水車で)の様子を撮影していた。

Musee Lumiereの入口


Musee Lumiereの日本での宣伝文書

15:30   Musee Lumiereを出て、

15:45   車を出し、Beauneに向かう。

18:05   ホテルに着く。それから、Casino(スーパー・マーケット)に行き、食料を買い、ホテルの部屋で食事。

22:30   就寝。

宿泊するHotel Athanor

 

713日(金)        Beaune→Dijon→Beaune


07:15   起床。晴れ時々曇り。

08:15   朝食。

09:10   駐車場へ行き、車でDijon(ディジョン)に出発。晴れてくる。

10:40   Dijonの路上駐車場を探し、400mくらい離れた有料路上駐車場に1時間車を停め、Palais des Ducs et des Etats de Bourgogne(ブルゴーニュ大公宮殿)に行く。iに行き、Dijonの地図をもらうが、ブルゴーニュ大公宮殿は工事中なのか入れないとのこと。

11:00    Eglise Notre-Dame(ノートルダム教会)に入る。教会入口周りの聖人達の像が皆破壊されている。フランス革命のためだと思う。それほど大きくない教会であるが、あまり印象に残るものは少ない。

Eglise Notre-Dame(ノートルダム教会)の正面

Eglise Notre-Dame(ノートルダム教会)の内部

 

11:15    教会を出て、あちこち歩きながら駐車場に来て、車に乗り、もっと近くの駐車場を探す。

11:50    Palais des Ducs et des Etats de Bourgogneの近くのPlace du Theatre広場で路上駐車場に空きを見つけ、14:352€)まで停めることにする。

11:55    直ぐ近くのEglise St-Michel(サン・ミッシェル教会)へ入る。ここも、たいしたことは無い。

Eglise St-Michel(サン・ミッシェル教会)

12:08   教会を出て、Musee des Beaux-Arts(ディジョン美術館)へ入る。無料であった。15世紀から19世紀まで絵だけではなく、いろいろなものが展示されている。絵は古いものでもきれいに修復されている。これは今までのイタリア、スペイン、ポルトガルとは異なる点か?3階以上は14時から開くというので、

13:25   美術館を出て、それまで、

13:40   手前のPlace de la Liberation(リベラシオン広場)のカフェでコーラを飲む(6.4€)。

Place de la Liberation(リベラシオン広場)のカフェでコーラを飲む

14:00   カフェを出て、Cathedrale St-Benigne et Musee Archeologique(サン・ベニューニュ大聖堂と考古学博物館)に入る。時間が無いので、地下祭室には行かなかった。

Cathedrale St-Benigne et Musee Archeologique(サン・ベニューニュ大聖堂と考古学博物館)の祭壇

14:15   Musee des Beaux-Artsに戻り、2階、3階を見るが、フランスの印象派の絵があったくらいでたいしたものは無かった。

14:35   Musee des Beaux-Artsを出て、駐車場に行き、

14:40   車を出し、Beauneへ向かう。

15:50   Beauneの駐車場に車を停め、不要なものをホテルに置き、

16:00   Hotel Dieu(オテル・デュー)に入る。ここは15世紀に貧しい人のための病院として建てられ、1996年まで使用されていた。看護師は尼さんから優秀な人を選び、ホテルのワイン畑からの収入を病院経営に充てていたとの。

オテル・デューの正面


オテル・デューの内部 - 部屋の両側に患者用ベッドがある

見ものとして、「最後の審判」の装飾屏風があった。

オテル・デューの最後の審判

この頃から、雨が降り出す。降り方を見ると、途中で止む様子は無く、明日までは雨だろうと思う。

16:50   Hotel Dieuを出て、ホテルまで戻る。私は再度外に出て、

17:00   ワイン市場に行く。しかし、試飲の時間は終わっていたので、ワインを買うために説明を受けた。ここでは、ワインの値段ごとに送料が異なり、日本へは12本単位でしか送れないと言われた。

17:30   近くのワインセラーに行き話を聞くと、ここは6本以上で日本に送れるという。それではと思い、Beauneのワインばかり(そのうち2本はHotel Dieuのもの)を選び日本に送ることにする。
Hotel Dieu
のワインは日本で売られていないと思われるが、飲むと非常においしかった。Beauneでお土産に買うならば、Hotel Dieuのワインが良いと思う。

ワイン博物館

18:30   ホテルに戻り、風呂に入り、

19:00   食事。

22:30   就寝。

 

714日(土)        Beaune→Besancon→Colmar→Strasbourg


00:30   外が騒がしいので、窓の下を見てみると隣のカフェが開いており、人が結構出て、賑やかだった。今日はフランス革命記念日だった。雨も止んでいた。この騒ぎは、朝まで続いた。

07:25   起床。深夜に革命記念日の騒ぎのために目が覚めたので、朝起きるのが遅かった。天気は曇りから晴れになりそう。外を見ると広場に露店が出ている。ホテルの人が今日はホテルの前に車を付けられないと言った理由が分かった。

フランス革命記念日の露店

08:00   朝食。

08:50   ホテルをチェックアウトし、荷物を駐車場まで運ぶ。雨が昨日のうちに止んでいるから良かったが、雨が降ったら大変だった。

09:00   駐車場を出発。一路、Besancon(ブサンソン)へ向かう。

10:30   BesanconCitadelle(城砦)の駐車場に着く。今日は休日なので、駐車料金は無料。Citadelleのいろいろな博物館や動物園が開いている。ねずみ、魚(水族館)、昆虫、動物園、レジスタンスなど。

Besanson城塞


Besanson城塞からの眺め

12:30   城砦を出て車に乗る。この頃には快晴になってきた。

15:35   Colmar(コルマール)に着き、路上駐車(無料)する。

15:40   Musee d'Unterlinden(ウンターリンデン美術館)に入る。13世紀の修道院を改造した美術館で15世紀からルネッサンス期までの絵画や彫刻を展示している。中でも、ドイツ人画家グリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」が有名。

Musee d'Unterlinden(ウンターリンデン美術館)のイーゼンハイム祭壇画

17:00   美術館を出ると天気が曇っている。

17:10   Collegiale St-Martin(サン・マルタン教会)に入る。1.5€/人の入場料を取られたが、あまり見るものは無い。

Colmar市街

17:20   教会を出ようとすると、雨が降っていた。しばらく待っていると雨が止み、直ぐに晴れてきた。近くのカフェテリアで軽食でも食べようとしたが、あまり、食べるものが無いので止め、

17:40   Colmarを出る。

18:30   Strasbourg(ストラスブール)に到着する。しかし、ホテルへの道がどうやっても分からない。Garminは相変わらず、一方通行なのに反対方向を通れと誤った指示を出す。その方向には、路上にコンクリートの丸い棒が立っており、進めない。ホテルの近く(300m)の場所に車を停め、私が歩いてホテルまで行こうとする。ところが、道路を進めなかった原因である、路上に突き出ているコンクリートを下げる機器があり、それにホテルの名前が書いてあった。これでホテルと話せるらしい。そこでホテルと話をしてコンクリートを下げてもらうと思ったが、前の車がコンクリートを下げてくれたので、そのついでにそこを通る。しかし、ホテルへの行き方が分からないので、直ぐ側にあったHotel Europeの係員に聞いたら、親切にも教えてくれた。

19:15   教えてくれた通りに300mくらい行くと、電車通り沿いにホテルを見つけた。ホテルにチェックインし、ホテルの係員に駐車場の場所を聞き、妻を置いて、車を駐車場に入れに行く。しかし、教えてくれた駐車場は分からなかったので、別の駐車場に車を置いてホテルまで歩いて戻る。その時に、教えられた駐車場への行き方が分かった。車線が違うだけだった。

20:00   ホテルに戻り、荷物を置き、夕食と車を移動するために街に出る。

Strasbourgのクレベール広場

21:30   マクドナルドで夕食とし、車を近くの(ホテルが教えてくれた)駐車場まで移動し、ホテルに戻る。今日のホテルを探すのに3時間くらい無駄にした。

22:30   フランス革命記念日の花火が打ち上げられた。部屋のベランダから見ると、400500mくらい離れた川岸で上げているのだろう。ホテルの客は皆最上階に泊まっているらしく、他の部屋の人も見ていた。20分くらい続いたが、モナコの花火の方が大きかった。

23:15   就寝。

宿泊したHotel Maison Rouge

 

715日(日)        Strasbourg→Nancy


06:30   起床。曇りと晴れ。

07:30   食事。

08:40   ホテルをチェックアウトし、駐車場に行く。

08:40   車に荷物を置き、駐車場に車をそのままにして、2人で出かける。

08:50   Cathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)の周りを回る。

Cathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)

9:00
から開くはずであったが、中に入っている人が居るので、中に入った。窓にはステンド・グラスが全てに設置され、流石に豪華という感じ。今日は日曜日のミサがあるとのことで、中はあまり見られず。その代わりに天文時計をよく見た。

聖堂内の天文時計

09:15   Cathedrale Notre-Dameを出て、Palais Rohan(ロアン宮)を探すが、場所が分からない。地図には書いてあるが、小さい地図なので、入り口不明。土産物屋の複数の店員に場所を聞くが、それぞれ違う場所を示す。

大聖堂前の土産物屋

歩いているうちに、ここではないかという場所を見つけた。しかし、雨が降り始めたので、

09:50   雨が降っても大丈夫な遊覧船に乗る。

10:00   遊覧に出発。中の説明には日本語もあり、分かりやすかったが、少し日本語がおかしかった。この間に雨が激しく降る。温度も下がってきて、私は半そでのシャツだけなので、寒く感じる。

11:10    遊覧船を降り、Palais Rohanを探す。いろいろ人に聞きながら、やっとPalais Rohanの入り口を見つけた。入り口の近くが工事中(これはヨーロッパではよくあるケース)なので、非常に分かりにくかった。

11:30    Palais Rohanに入る。装飾博物館に誤って(キップ係りが間違った)入るが、途中で誤っていると分かり、美術館(Musee des Beaux-Arts)に入る。有名な画家が描いた絵が見れると思ったが、メムリンク、ラファエロ、ボッティチェリ、ゴヤなどの有名な絵は無かった。係員に聞くとパリに貸し出し中とのこと。これは、ごまかし以外の何者ではないと怒る。

12:20   美術館を出る。雨がポツポツと降っていたり、止んだりという感じの天気。歩いて、駐車場へ行き、

12:55   車で駐車場を出る。この頃には晴れてくる。一路、Nancy(ナンシー)へ向かう。途中は、晴れ、曇り、雨(どしゃぶり)を繰り返す天気。

15:00   Nancyのホテルに着く。しかし、Aparthotelなので誰も居ない。張り紙を見ると、17時以降でないと、係員は居ないとのこと。この頃は晴れていた。それではと思い、Musee de I'Ecole de Nancy(ナンシー派美術館)へ向かう。

15:15   美術館の向かいの公園に駐車し、歩いてMusee de I'Ecole de Nancyに行く。

Musee de I'Ecole de Nancy(ナンシー派美術館)

15:40   美術館に入ったが、展示されているエミール・ガレがどのような人だったのか、全く知らない。一緒に見ている外人(フランス人、イギリス人、ドイツ人)は熱心に見ているが、私どもは全く分からず。日本人のグループも通訳付きで入っていたが、分かっているのか?ここがなぜ3つ星(観光場所として最高レベル)なのか全く不明。

16:00   早々に出る。車に帰り、Musee des Beaux-Arts(ナンシー美術館)に向かう。途中の路上駐車場を見つけ(日曜日なので無料)、そこに停める。歩いてMusee des Beaux-Artsに向かうが、途中でカリエール広場に着く。広場を縦断して、やっとPlace Stanislas(スタニスラス広場)に入る。この頃に雨がまた降ってきた。

Place Stanislas(スタニスラス広場)

17:00   Musee des Beaux-Artsに入る。有名な絵はそれほど無かったが、時間が少なかった。途中で18時閉館の合図が入り、早く残りを見る。
Musee de I'Ecole de Nancy
3つ星でMusee des Beaux-Arts2つ星なのは納得できない。Musee des Beaux-Arts3つ星で、Musee de I'Ecole de Nancy1つ星ならば分かるが。

17:50   美術館を出る。車に帰る途中で、SUBWAYを見つけ、そこで、サンドイッチで食事をする。

18:50   ホテルに着き、車を路上駐車場に停め(明日の9時までは無料)、

19:30   昨日、おまけについてきたシャンパンを飲み、夕食とする。私が風呂に入った後、妻が入ろうとするとお湯が水になっていた。これは、以前Bordeauxのホテルでも同様の問題があり、苦労した。

22:30   就寝。

宿泊したNemea Nancy Apart'hotel

716日(月)        Nancy→Metz→Reims

 

06:50   起床。晴れ。

07:00   妻が風呂に入った後、お湯を水槽に溜め、私が風呂に入ろうとすると水になっていた。このようなAparthotelには二度と泊まらない!それでも、頭と顔だけは洗う。

08:00   食事。部屋代が安かったので、パンとバター、ジャム、牛乳、コーヒー、紅茶だけ。典型的なコンチネンタル・ブレックファスト。

08:50   ホテルを出発。一路、Metz(メッス)へ向かう。

09:40   Cathedrale St-Etienne(サンテティエンヌ大聖堂)の近くに1時間の駐車料金を払い、大聖堂に入る。

Cathedrale St-Etienne(サンテティエンヌ大聖堂)正面

かなり大きい建物。まだ早いせいか、観光客があまり来ていない。しかし、日本人の団体が来ていた。中には、シャガールが描いたキリスト教会用のステンド・グラスがある。

Cathedrale St-Etienne(サンテティエンヌ大聖堂)のシャガールが描いたステンド・グラス


Cathedrale St-Etienne(サンテティエンヌ大聖堂)の祭壇

この後、歩いて、川岸のTemple Neuf(タンブル・ヌフ)(閉まっていた)やオペラ座の建物を訪れる。

10:40   駐車場を出て、

11:00    Porte des Allemands(ドイツ人の門)に行く。川の上にかかったかなり古い橋だが、橋を通っても橋を通っている気がしない。この街は17世紀からフランス領になっているらしいが、それ以前にドイツ領の頃に作られたものだろう。しかし、見学者は0であり、我々だけだった。

ドイツ人の門

11:10    Metzを出て、一路Reims(ランス)に向かう。途中、高速道路のレストランで昼食とする。今日の朝飯を十分食べてなかったので、すこし、腹ごしらえする。旅行中で初めて昼食を食べた。
高速道路を走っていると、ベルダンの標識があった。このあたりが第1次世界大戦で塹壕戦を戦ったところらしい。

14:10   ReimsBasillique St-Remi(サン・レミ・バジリカ聖堂)の近くの無料駐車場に停める。

14:15   聖堂へ入る。聖レミとは、フランク王国初代王クロヴィスに洗礼を授けた司教とのことであり、かなり歴史のある教会だ。

Basillique St-Remi(サン・レミ・バジリカ聖堂)正面


Basillique St-Remi(サン・レミ・バジリカ聖堂)祭壇

しかし、街の中心から離れているので寂しい気がした。その理由のひとつかもしれないが、丁度葬式が始まるところであり、霊柩車から棺おけが降ろされ、参列者が教会に入っていった。

葬式の霊柩車

14:50   Basillique St-Remiを出て、車まで行き、車でCathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)へ向かう。

15:00   Basillique Notre-Dameの路上駐車場へ車を停め、2€分(17:50まで)支払う。見学には十分時間がある。駐車場から直ぐのPalais du Tau(トー宮殿)に入ろうと思ったが、月曜日は休み。iに行き、Reimsの地図をもらい、Cathedrale Notre-Dameに入る。

Cathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)正面

外側の彫刻も素晴らしいが、入り口裏の中側の彫刻も素晴らしい。特に、中世と思われる彫刻があった。内部には、やはりシャガールのステンド・グラスがある。説明文を読むと、シャガールは熱心なキリスト教信者だったらしく、訪れた2つの教会だけでなく、イタリア、フランス、ドイツの教会にもステンド・グラスを描いているとのこと。

シャガールのステンド・グラス

この教会では、説明文がフランス語、ドイツ語、英語で書いてあり、非常に分かりやすかった。フランスでは説明文はフランス語だけのものが多いので、英語での説明文は珍しい。正面中央玄関の外側には、たくさんの彫刻が掘られてある。有名な物は、微笑む天使、受胎告知などがある。第1次世界大戦で戦場となり、この教会も多大な被害を被ったらしいが、この像だけは被害を免れたようだ。

大聖堂の玄関にある「微笑む天使」

また、大聖堂前の一角にジャンヌ・ダルクの騎馬像がある。彼女はOrlean(オルレアン)解放後、ここに来て、当時のシャルル7世に戴冠式を行わせた。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像

16:20   近くのMusee des Beaux-Arts(ランス美術館)に入る。この美術館は星が無いのだが(有名な画家の絵が無い)、結構見ごたえがある。入り口近くには藤田嗣治の絵があり、こちらでは結構有名なのだと納得する。また、キリスト教関係の絵が多いので、藤田嗣治もキリスト教を信じていたのだと思う。従って、フジタ礼拝堂には行かないことにする(?)。

17:30   駐車場に戻り、車に乗り、ホテルに向かう。ホテルの近くにスーパー・マーケットがあり、そこのガソリン・スタンドでディーゼル油を入れ、少し、離れたケンタッキー・フライド・チキンに行き、チキンを食べる。その後。

18:50   ホテルに行き、チェックイン。ホテルの周りには多くの車があるので、多くの人が泊まっているのだと思う。今日は最後の宿泊なので、荷物の整理をしなければならない。全ての荷物を部屋へ運び込む。しかし、部屋は2階なのに(実際には2.5階)エレベータが無い。がっかりすると、係員の女の子2人が手伝ってくれた。Novotelに泊まるのは久しぶり。しゃれたデザインではあるが、使い勝手が悪いと思った。バスルームのドアが外側に開き、ベッドとの隙間が無い。シャワー室のドアが外開きなので、体を洗ったあとの水滴が外に落ちる。水道の蛇口が右側にあるので、使いにくい。
荷物を詰めなおし、明日朝に最終的な詰めを行う。

22:30   就寝。

宿泊したホテルHotel Novotel Reims Tinquex

 

717日(火)   Reims→Amiens→Compiegne→Pierrefonds→Chantilly→CDG→Beijin


05:45   起床。曇り。今日は早めに出て、CDGに早く着くことを狙う。

06:45   朝食。Novotel4つ星なので、アメリカン・ブレックファストが出た。7時になると、他の客(団体らしい)が朝食に出てきて、食堂の席が一杯になった。

08:00   ホテルを出発し、Amiens(アミアン)に向かう。途中、雨が降ったり、止んだりとはっきりしない天気が続く。

10:10   AmiensCathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)に着く。車を近くの有料駐車場に停め、40分の予定で大聖堂の中に入る。内部は非常に高さがあり、フランス最大規模というのも頷づける。彫刻が多いのも印象に残った。

Cathedrale Notre-Dame(ノートルダム大聖堂)正面

10:46   駐車場に戻り、大聖堂を離れる。

12:10   Chateaux de Compiegne(コンピエーニュ城)に着く。城の前に停めることができたが、火曜日は休日なので中に入ることができないのが、残念。庭園の近くに車を停め、庭園を散歩し、城の中を覘くが、カーテンがかかっており、ほとんど見えなかった。庭園は広いが中を歩く時間が無かった。

Chateaux de Compiegne(コンピエーニュ城)

12:50   庭園を出て、次の城に行く。

13:15   Chateaux de Pierrefonds(ピエルフォン城)に着く。この頃には天気は快晴となってきて、暑いほどだ。この城は中世の頃に完成し、戦争でほとんど破壊されたが、ナポレオン3世が城を買い取り、ヴィオレ・ル・デュックという人に修復させたものとのこと。

Chateaux de Pierrefonds(ピエルフォン城)

城の中には昔を偲ぶものばかりでなく、いろいろなものが展示されており、結構見所があった。街は土産物屋も少なく、観光地らしくなかった。学校の校外学習らしく、低学年の小学生が見学に来ていた。

Chateaux de Pierrefonds(ピエルフォン城)

14:50   Chateaux de Pierrefondsを後にし、Chateaux de Chantilly(シャンティイ城)に向かう。

15:20   Chateaux de Chantillyに着く。城の入り口は工事中なので城の中には入れず、車を道路に停め、歩いて、城に向かう。ここも今日は休みであるが、結構見学者が多かった。庭園の中には、競馬場があり、現在も使われている様子。

Chateaux de Chantilly(シャンティイ城)

また、馬小屋が貴族の屋敷と見間違うような立派なもの。人よりも馬を大事にしていたのかと思う。Chateaux de Chantillyまで歩くが、中には入れなかった。

17:00   Chateaux de Chantillyを出発し、途中で車にディーセル油を入れ、

17:55   CDGCar Return(第2ターミナル)に着く。

18:30   飛行機は第2ターミナルからではなく、第1ターミナルから出発するとのことで、第1ターミナルへ行くと、そこは長蛇の列。50 分くらい待って、チェックインが終わったが、妻と私は別れ別れの席。北京から東京までは隣の席だったが、北京まではダメだった。

20:20   満員の状態でB777CDG発。中国国際航空は以前にも乗って悪い印象だったが、それは変わらない。スチュワーデスが黙って仕事をする、笑顔が無い、乗客よりも自分の仕事を優先する、無愛想など、役人根性が染み付いている。それでも、満員の乗客なのだから、これは治らないと思う。燃油消費税を入れても、10万円/人なので仕方が無いか。

 

718日(水)        Beijin→成田日立  

12:25   途中、結構揺れたが、無事北京着。しかし、乗り換えに長い行列は変わらない。北京で十分時間があったので、この文を書いている。

16:40   出発時間なのに、分かりやすい説明が無い。

18:00   やっと出発。乗客は2/3程度。

22:30   成田着。18本のワインを購入したので税関に申告し、書類をもらう。飛行機が遅れて着いたために、税関を出るとホテルのバスが無くなっており、空港のタクシーも無い。成田東武ホテルに電話して迎えに来てもらい、ホテルから車を出し、家に向かう。

25:30   家に到着。

 

感想

1.Garminの予想時間はあまり当てにならない。Garminでは各道路の制限速度が示され、それに基づいて、目的地への到着時間が示されるが、その中には、休み時間が無い、制限速度が道路の状態から無理といったことは考慮されていない。従って、実際の到着時間がGarminの予想到着時間に間に合わないことが多い。

2.今回のレンタカーはフォルクスワーゲンのパサートであったが、1つ下のゴルフで十分であった。荷物が大きかったのでゴルフよりも大型を頼んだが、必要は無かった。

3.街の中は時間通りに動いており、終了時間にビッタリと終了(働いている人が勤務場所から出る)するために、閉館時間の30分前から実質閉館となっている。お客にとっての予定時間ではなく、働いている人にとっての予定時間だと理解するまでに、戸惑った。

4.中国国際航空は官僚的でサービスの思いが全く無い。最初に乗った10数年前と何も変わって居ない。次回から使いたくない。

 

以上

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平成23年6月24日~7月1日